宝石の国、96話を読んだ後の考察

アニメはまだ見ていないのですが、原作の方が強いインパクトがあるだろうと思い読むことにしました。あまり長々と書くのもいいのですが、きっと金剛先生とエクメアは最後にできること。つまり、

「すでに回収済みのフォスの腕・足・頭をフォスに戻す」

ことになるんではなかろうかと思っています。フォスはエクメアに頼み込んで軍隊を連れていきましたが、身体と精神の修復はほぼ不完全でした。いっときは安定剤のようなもので安定していましたが中途半端な治療のまま地球に向かわせたのがよくなかったのだろうと思います。

そう、もしエクメアが地球行きを認めず、状態が完全になってから向かっていたらフォスも理性もあるだろうから何人か宝石を破壊してしまっても、最後に待ち受けているあの二人の停戦に合意をしていたはずです。でも、それをしなかった。

エクメアの医療班が注入していた薬にそういった焦燥感を付与する成分があったのかもしれません。エクメアはフォスと協力して金剛に二度祈らせることに成功しかけていました。ですが途中で宝石たちの妨害があったにせよその解析結果から「今のままでは不可能」ということが判明してしまいました。

不可能であれば、また月人たちはこれからも永い間退屈と戦わなければならなくなってしまいます。1億年あったら、また何かの暴動が起きて、エクメアが最初に訪れていた時のようなことになりかねないのではないかと思います。でもそこで、エクメアは「ダメだった時の次の保険」を用意していました。それが、金剛先生のこれまで生きてきた記録や機能のすべてを収蔵している眼球です。

この手法であれば、1万年でよいそうです。月人たちがこれまで何万年の退屈を紛らわせ続けてきたのかは不明ですが、1万年ほどであれば何とか問題なく過ごせるでしょう。そこまで待てば金剛先生と同等の機能を有したフォスが祈りを使えてしまうようになる。でもその祈りって何なのでしょうか?

金剛先生はまだ機能が使えていた頃には祈りによって、月人に幽体として存在していた方々を「位の高い順から」無に還していました。でも完全に機能が復活していれば一瞬で全ての月人を無に還せるでしょう。フォスもまた、それが1万年後に可能になると思います。

ですが、フォスがその祈りの機能の詳細を知ってしまったら?1万年の間に思考に思考、計算と計算を重ねて、祈りの機能の改変ができるようになってしまったら?水銀は自在に形を変えられる性質を持ちますので、「インストール」されたのであればデバッグとリプログラミングも可能でしょう。電子回路のICチップのようなハード的な問題があるのであれば、人間のミトコンドリアと言われるインクルージョンの制御・改変もできかねません。

そうすることで、もしフォスが最新話近くの壊れてしまったフォスのままだとしたら、祈りを、呪いにして月人や元宝石たちに復讐をするでしょう。エクメアは「私は呪いには詳しい」と独白していましたので、しかしフォスがそうしようとしたところでエクメアの計算通りということになると思います。リプログラミングからの、祈りの悪用を防ぐはずです。

そしてもう一方の月人たちの課題として、テラフォーミングをする際にはあの流氷に散らばっている金剛先生の前のバージョンを何とかしたいと思っているはずです。あまり詳しくは語られていませんが、あのバージョンの金剛が人類を滅亡に導いたといっているだけに、壊されても地球の海水内で何かしていることでしょう。それをできれば無害化・無効化したい。

どうすればいいのか?フォスは身体が無くなり別パーツに取り替えられるたびに記憶を失っていました。でも、パーツを取り返せたら記憶は戻る。孤独だったあの子とした約束のことも、本来の目的も、目つきが悪くなってしまう前の無邪気で高慢なフォスであることも、戻るのではないでしょうか。

そう、フォスは1万年かけて神になるだろうと思いますが、その1万年後に失ったパーツを強制的に組み入れられることで記憶が全てもとに戻り。あるいはあの脆弱な身体のフォスになるかもしれませんね。記憶は元に戻ります、身体は脆弱になってしまいます。でもインクルージョンだけには、金剛先生からインストールしたシステムがある。でも、その祈りは呪いとして機能するようにされてしまっている。あるいはフォスは「万が一の時のための記憶の置き土産」を残していたように、祈りに戻せるようにバックアップも取っているかもしれません。

ですが、エクメアが金剛先生の状態を観察し続けられていたように、そういったフォスの思考そのものは月人の監視施設に全て送られているのではないでしょうか?金剛先生の眼球が、そのような役割を果たしているのかもしれませんね。

ということであれば、フォスの考える手は読めます。ですがフォス自身も、金剛先生がそのあたりの、「通信機能を持っている」という情報を消しているかもしれませんが推測でそれを知り得ていたなら、自分の思考内容そのものを読み取られないように暗号化することもあり得ます。1万年もあれば、3000年ぐらい過ぎた辺りで強固な思考暗号文を作れるように、なるかもしれません。でも秘密鍵がエクメアに取られていたらたぶん読み取られてしまうと思います。

そのようにして思考と作戦の読み合いがありますが、フォスはきっと、金剛前バージョンに働きかけるでしょうし、それをエクメアも見越しているでしょう。「そのような明確な傾向を与えたのなら、ほぼほぼそうする」というところは把握しているはずです。さあ、フォスはおそらく金剛前バージョンと共闘するかもしれません。ではどうすればいいのか?

そこで、この記事の最初に書いていた、「フォスの身体のパーツを強制的に与えて、記憶を全て思い出させる」という手段とするのではなかろうかと思います。金剛先生もエクメアも、「できることはある」と明言していますので、フォスに「絶対にそうさせない」決定的な一手があるはずです。そうすることで、フォスは本来のフォスに戻り、「あぁそうだったそうだった」と失われた過去を思いだし、アホなフォスと1万年思考を続けたフォスが混在することになります。

その時、1万年フォスは戻った記憶を点検するでしょうし、その時に自分のしていたことの過ちと、一番最初に持っていた純粋な気持ちを思い出すかもしれません。でもその時って、どうするんでしょうかと私は思うのですが、

・ハッピーエンドは、同盟していた金剛前バージョンに「壊れろ」命令をして自壊させる。その後どうにかして地球に人類を1000年ぐらいの寿命に設定して地球に定植させて、月人の身体をそちらへ移す。その後、まともな意識に戻ったフォスが月人のままの金剛先生とエクメアと一緒に地球の人類を管理する。

・バッドエンドは、意識が戻っても「万が一の時のための記憶の置き土産」が作動してフォスが祈りではなく呪いを実行してしまう。でも意識は戻っているので手心を加えるかもしれません。それにそもそも、金剛先生を壊してしまう前後でも、「みんなのためになんとかしなきゃ」という想いは残っていましたので、こちらの想いの方が勝つのではないかと思います。

・ノーマルエンドは、フォスがエクメアの目論見通りちゃんと元のフォスに戻ってきちんと祈りを実行して、月人すべてが無に還り、その後もフォスはずっと地球で生き続ける。でもこれだと金剛前バージョンが生きているので、そこはちゃんと壊れろ命令をして粉にしてしまってから祈りをするかもしれませんね。

・更なるバッドエンドは、とことんまでフォスが追い詰められて苦しめられて、最期の最期まで手ひどい目にあって、月人はフォスなしでも寿命のある人間に戻れる技術を開発。地球のことなんでも知ってるフォスは要らないと判断されて、フォスは全く報われることなく抹殺。恨みや憎しみに撒かれながら、幸せそうにしている月人たちに対してそれでも、善きフォスの一面がちゃんと表に出て、自分が殺してしまった宝石たちがそうしたように、「よかった。ハハハ、いいんだ。これでいい。ぼくはこれで」と微笑んで死んでいくか。作者の方は仏教を学んでおられているとプロフィールにありましたので、わずかばかりでも、スズメの涙ほどでも、フォスに希望を持たせて死なせてほしいとは思います。

・他、フォスのパーツを元に初期フォスのクローンを作り、1万年フォスから眼球を奪って移植し、安全に祈りを実行する。ただこれは、インストールに1万年かかることも考えればあまり現実的ではないかもしれません。

以上、一気読みしてみた感想と考察でした。私としてはフォスの運命が過酷すぎるので、みんななんとか、いろんなことあったけど幸せになってほしいです。初期フォスの水銀の子とした約束、あの記憶の欠落が元に戻ったら悪いことしなさそうですが…

※もしこの記事が誰かに読まれた場合は、エンドルートが私が考えたもの以外に変更されてしまう可能性もあるかもしれません(おおげさ)。それにそもそも私の考察そのものが外れてますってこともあると思います。でももしそういう風になった場合はたぶん、読んでいる人が何かしらの違和感というか、不協和音みたいなものを読んでいて感じるはずかもしれません。これまでの筋とは何か…というような感じのものが。

フォスは、後々漫画が完結したら「アフォスwww」というように揶揄されちゃうかもですね。1万年も考えてたのにあっさりそれが読まれていたなんて悲しいよなぁ…って思ってしまいます。

ひょっとすると私たち人間も、何かを失い、その代わりに何かを取り付けて替わりとし、変化を怖いと思いながらも変化に流されて慣れてしまい、変化の果てに最初の気持ちを失い、そして戦争や残虐な過ちを犯すようになってしまうのかもしれません。そう、ワンパンマンのOPのように、「どんなに悪いやつも ちっぽけなガキだった」ということがいえるのかもしれません。誰もが生まれた後の小さい小さい子供の頃は、宝石の国の、宝石のようだったのかもしれませんね。

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