自生思考にセルフコンパッションは有効(だと思います!)、でも文言自体に自生思考が交じると厄介です

自生思考よ、あなたに優しくしてもいいだろうか。
安全になってもいいだろうか。

以前の記事で、自生思考にセルフコンパッションをということで毎日続けておりますが、クリスティーン・ネフさんという方の書かれた分厚い本を読み終え、これはと思ったエクササイズを2つ試し続けてみています。その内容は、

・苦しみに触れて、胸に手を当てる
・優しさや理解、慈悲の気持ちを伝える
・(その時の文言が至言ですが、知りたい方は本を買ってください)
・ダメだったら手の感触に意識を戻して最初から
・終わったらしばらくそのままでいる

というもの。苦しみという相手に対して高圧的になったりするのではなく、相手の立場になってあげて、優しさと理解で触れるというところが重要なんだと思います。これまでは、私たちは嫌なモノには蓋をしたり無視したりしていましたが、そうではない、そうした苦しみがあるんだな、ということを認めて、触れてあげて、優しさや理解を示してあげる、というアプローチが大事なのです。と自分でやっていて実感できます。

そしてもうひとつのエクササイズは、これは私自身の自生思考がひょっこりでてきた時に使っていますが、

・(自生思考が出てきた時)、良い感情を感じるのは難しい
・でも良い感情を感じるのはみんな同じで正当なこと
・今(自生思考が出てきた時)この瞬間に幸せになる方法は何かあるだろうか?

つまり、自生思考が出てきた時に、う?ん嫌だな?という思いや、出ていけ!という思いを重ねるのではなく、「じゃあどうやったら自生思考の求めているものを満たせるの?」という思いを自生思考のベクトルに重ねてあげる。そうすることで、自生思考側としてはあっ、俺のことを理解してくれてるんやな、となって、嫌な感情が励起されることがなくなるんではないかなと思って試してみています。

ただし、

胸に手を当ててコンパッションを向けている間に、自生思考が割り込んでくることがあって、これが非常に厄介なのです。熊笹云々で幻聴が若干出てきていた時はストレスがかかって出てきやすくなっており、終わった後にちょっと不快感が残ることも。普通に、言葉を言って、伝わった、よしこれでOK!という塩梅でいければいいのですが、自生思考が出てこないように意識に工夫をしないといけないので、素直にできなかったり抑制をしようとして却って出てきたりということもあって、難儀しているところであります。

でも、それでもこの方法で日常の自生思考の回数と深さは良くなったのは確かです。最近は抑圧するという手法を取らないようにしているので、(敢えて抑圧せずに)心に浮かばせてしまうということもありますが。なので、自生思考に悩んでいるあなた!私のように複雑な制御を必要とせず、ただコンパッションの文言を伝えてあげられるのであれば、セルフコンパッションは有用ですよ。

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